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信濃の疏水

大北地域

山あいの棚田を潤す 青鬼堰(あおにせぎ)

白馬村の北東部、標高760mの山腹に位置する青鬼(あおに)集落には、約80枚の棚田を潤す青鬼堰があります。
江戸時代末期、松沢太兵衛と降旗宗右衛門は、水田が少ない青鬼へも、用水が通じれば新田開発が可能になると考えました。両人が中心となり松本藩へ開削を請願しましたが、当初は急峻な山中のため開削工事の成功は難しいとして許可されず、綿密に計画を練り直し、数回にわたる出願の末、万延元年(1860年)に許可を得て開削工事は始まりました。
工事は、青鬼沢の奥山の岩盤をノミで削るなどの大変な作業を伴い、着工から約3年の歳月をかけて、3㎞の山腹水路がようやく完成し、青鬼の集落に美田が広がりました。
現在では、農家の減少や高齢化などの課題を抱える集落にとって山腹水路の維持管理は重労働ですが、毎年4月下旬には村内外からのボランティアも参加し、協働で維持管理作業が行われています。集落にとって貴重な協力隊であることはもちろん、ボランティアにとっても青鬼の自然や歴史を学び文化に触れ、住民と交流する大切な機会となっています。今後も、こうした活動を通じて、青鬼堰が潤す美しい棚田の景観が将来に受け継がれることを期待しています。
2017年5月掲載

•青鬼堰により開かれた棚田は、平成11年に「日本の棚田百選」に認定(農林水産省)されています。
•青鬼集落一帯は平成12年に「重要伝統的建造物群保存地区」に指定(文化庁)されています。